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黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

4. 仮説と現状

...と、理屈をこねていると、いつもの自分のような気がしてくるんだけど。
冷静にいまを見渡すと、やはり、
マルチタスク複数の〆切に追われている という社会的状状況は変わりないわけで。
ただ、その状況に、24時間全力で向き合おうとしているから、臨戦態勢も24時間で、自分が逃げていってしまってるのではないか。
というところまで観察と分析が進んだ。

まぁ、喜ばしいことじゃないの。

ここまでペラペラと語っておいてなんだけども、本気で文章書けない状態だったから、口語文体とはいえ、ここまで文字を繋げられるのも(まぁ、タッチパネルをぽちぽちスースーしてるだけなんだけど、) これまた喜ばしいということで。

メールの文章書こうとしても、述語がまとまらなくて、 まとまってないという事実にも鈍感で、それでもなんとか気付いて必死にまとめようとしたけど、まとめ方がわからなかった。いつもなら ほとんど無意識に、感覚的に、文章の構造を考え語彙を働かせ順序を入れ替え...頭の中に浮かぶことを言葉に変えてアウトプットすることを楽しんでいるはずなのに。
頭の中にあることを、見ようとしても、見る側と見られる側との行き来がうまくできなくて。

時間感覚もない中、自分が何者かもわからなくて、「自分を客観的に認識したい」という贅沢を言っているわけでもないのに、ほんとに自分がどこかにいってしまっているから自分を自分として認識することもできない。 
勝手に動く体に、とりあえず乗っかっている自分の意識をなんとか捕まえようとして、そのことばかりにエネルギーを使って、その徒労感に打ちひしがれて。

でもこの 勝手に動く感覚って、ある意味では 本番のキモチと似ているのかもしてない。本番はやることも終わりも決まっているから、こんなふうにキモチ悪く思うこともないというだけで、もしかしたら似たようなものなのかもしれない?

でも やっぱり 過度の緊張を日常的に味わっている結果が、いまのリジン感なんだろうなという仮説の説得力が増しただけか。それでも意味のある発見だと思うけれど。

あぁ、眠い。ちょっと嬉しい。
ほんとにスイッチが切れる、睡眠とらないとしぬ、という感じから、
眠りたいなぁという幸福な欲求に近い感覚を得ている。たぶん。
このまま寝てしまおうかなぁ。どうせ今 臨戦態勢になってもイイコトないし。むしろコントロールできてこその臨戦態勢なのだし。