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黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

3月頭:ぎっしり☆充実dayだった感覚

たぶんいっつも危機感ないんだよな私。

それが良くない方に働くと「締め切りの読みが甘くて間に合わない」ということになるので「自分は駄目だ」苦しむんだけど...。

 

屁理屈と言われるかもしれないけれど、焦ることは そこまでイイコトじゃないと思っている。残された時間の量はもう増えないのだから、「しめきりやばい」ってパニクった状態で対処するより、「要領わるくてもちゃんとやろう」と落ち着いて取り組むするほうがいいと思う。(よく考えると、締め切りが迫って跡がない状況である、という前提が悲しい。焦らないために、計画的に進めましょうね、というのを10年以上言い聞かせているけれど、うーん。)

 

でも、3月頭に感じた「私は何もやっていないじゃないか。出遅れているどころじゃない。やばい。今まで何していたんだ。とんでもないことをしでかしてしまった」というパニック感、冷や汗感は、本物だったと思う。

 

それで、少しは努力(苦手な外出をしたり、睡眠時間を削ったり...)したからだと思う。3/1,2 の二日間はすごく長く感じた。ぎっしり☆充実day

毎日必死に生きている人って、たとえばコンサルをやっているような人って、こんなかんじなのかなと思った。人生初めての感覚のような、そうでもないような。

 

でも、次の週、その次の週と時が進むにつれて、ぎっしり☆充実day な感覚はなくなっていった。元に戻ったというべきか、「すごく長い」感覚は薄れていった。

 

それが、努力していない証拠のようにも感じて、自己嫌悪に陥ったり...していたと思う。けど、今ふりかえると、ぎっしり☆(ry の間って、非現実感が強かったのかもしれない。その違和感も無視してしまうくらい、焦ってたのかな。当時の感覚をそっくりそのまま思い出すなんてことはできないから、仮説ではあるけれど、十分あり得ると思う...。

 

今でも正解なんてわからないけれど、なんか、ここまできたら(というか実は対して大きな変化はない!? それがイイかワルイかは別として。)もはや焦ることないかなって。

相変わらず先の予定を考える力が弱くて、直前に慌てているし、1mmも慌てなくなる日なんて経験せずに人生終わる気がするけど、それが自分の生き方なのかなって。

(お仕事の書類とかでやると迷惑極まりないので頑張る。でも、なんだかんだ、今までのグループ課題とかでは、致命的な遅延はしていないはず...。みんなで余裕を持って終わらせるか、みんなでギリギリに間に合うか、どちらか...。あー、いや、迷惑かけてると思う。ごめんなさい。内容で貢献します...。)

 

たしか2chで見たのかな。ペアワークで、成功している人の話。

スケジュール管理やクライアントとのやり取りは、主に相方がやる。自分は企画の中身やアイディア出しのところで力を発揮する。

そんな感じの働き方ができたら、いいなあ。

 

だがしかし、いまは全部自分でやらなきゃ。とはいえ、周りの人の助けも借りているし、借りないとやばいことは自分で納得してる。恩返しを頑張ることにして、力を借りてでもなんとか成功させよう、と屁理屈でなく、思う。