読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

ヘラヘラしないことを意識しなくなってきた?

意識できなくなっているのか、意識しなくていいようになってきているのか、自分でもちょっと自信がないが。

 

最近「いいや、ヘラっと逃げちゃおう」と考える? 直感する? ことが減ったのではないか。

でもこれは 「自分がヘラヘラしたくなる場面」が減っているからなのでは?

つまり 自分の"恥ずかしさ(笑)" を押してまで行動する・行動すべき・行動したいシーンとかが、減っている。挑戦すること自体が減っているのかも?

ああ。

そうかも。

前にも書いたけど ヘラヘラしつつ質問するのと、質問しなくていいやとなるのと、どっちがマシなのか。

でも、ここに、挑戦しなくなってるかもっていうところに、気がつけた。

ヘラヘラしない選択自体には慣れてきているはず。

もう少し、がんばる。

なんせ、時間があんまりないし。

次の就活時期、というか今日から、今から、動きたいもん。

後悔しないほうがいいだろうってのもあるし、

「公開する地点」という遠い未来を想定する以前に、もう少し近い未来。

今日の続きにある(まあそれは人生ぜんぶそうなんだけど、)生活を、時間を、悶々と退屈に過ごしたくない、と思う。

 

慌ただしいのが好きなわけじゃないと思うけど、忙しすぎると参ってしまうタイプだとは思うけれど、大学のゼミで逃げた? 正しく負担から退いた? かもしれないけど、あのとき自分がちょっと変わった気がしたおとなになった気がした。たぶん顔つきも変わっていた。あれをさ、逃げずにやったらどうなるのかなって思うのもあるし。

あのときとは違ってもうほんとに嫌!って思わないかもしれないし。

じっさい喉元すぎれば、な感じかもしれないし。現に今、あのままゼミにいたらッて思うと...いや、それはきついかな...でもああいう人たちとのコミュニケーションができるようになってたら、きっと就活も全然ちがったかもしれない。

うん、それは絶対そうだ。

あのゼミをやめたからこそ入ったゼミで、本当に楽しい時間を過ごして尊敬する人に出会ったから結果オーライと思うけど。

逃げた事実は変わらないし。

ぶっちゃけ、わたし、逃げたこと気にしてるんじゃないの?もしかして??

 

それこそリベンジのラストチャンスなのかもしれない。

失うものは何もないし。

あああ悔しい

のほほんとした生活もいいねとか思ってしまう

それも悪く無いと思うけど

思ったよりもわたしって向上心つよかったの?

意外とタフだったの?

いや、うん、それ知ってたかもしれない。

 

80%くらいでこなしてるのかっこいいと思うし、そうやって余裕をもっていると新しいことが入ってくる余地があるんだろうなと感じるし。

でも わたし こなせてるの?

 

割り切れてないかもしれない。

もっと必死になりたい、でもこんな程度のことで必死になるなんて、とか思ってるでしょ。

あー、これも恥ずかしさ(笑)のひとつなのかな?

ある時に抱いたあこがれを実現したかもしれないけど、それほんとに合ってる?

外面だけそれっぽくあこがれに近づいた気になっているのかもしれない。

 

ここまでわかってて、それでも思うのが、のほほんとした生活を楽しむのは数年先でもおそくない。両方の意味で。

どうせなら必死になれよ、と思うじゃん

どうせ必死になるなら、志高く必死になりたいじゃん

自分がほんとに頑張りたいと思うこと、価値あると思うことに必死になりたいじゃん。

 

あああまじで、就活。する。