黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

形式だけかもしれないが

小学生の時のこと 向き合ってみた

母に当時の出来事とか確認とって

そのときの母の発言の意図を問うっていう

荒療治感はんぱない

母も疲れたことだろう

 

とりあえず そう思い込んでしまったけど ほんとはそうじゃない みたいなのがいくつかあった

 

自分は一生反省し続けなきゃいけない、反省してる苦しい状況にいるという罰を受け続けなきゃいけない

は誤解だったらしい

 

あと私が父のあだ名を彫って贈ったマグカップが宙を飛んだ件は

別に 私のマグカップを意図的に選んで壊したわけではないらしい

そこにあって掴みやすかったものがそのカップだっただけなのかな

わたしテラ不幸うけるわ

不運すぎでは

まあ そのカップ 使ってくれてたってことか...。

リベンジでプレゼントしたミッキーのマグは今でも大事にしてくれているし

まあ もしかしたら どのコップとかこだわってないだけかもしれないけど

でも 壊されてはいないわけで

私が贈ったものが わざわざ壊されるっていうことは起こってないわけで

 

ただここで 父のことを哀れだと思うことで自分の感情を収めるっていうのはあんまり健全でないなと思っている

でもいま久しぶりに思い出したけど、小さい頃から 理不尽な言いがかりつけてくる人とか 悪口言う人とか 反論したら負けっていう思想が強かった。

そこでリアクションしてしまうのは アクションを起こしてきた輩と同レベルまで落ちることだ ていうロジック。(これロジックっていう??)

 

当時としては(小学生とか中学生とか)、大人だねぇと言われたりした(記憶だ)けど 今となっては あと一息って感じする

 

いや当時の私はがんばってくれてたし そのがんばりのおかげで上手く場が収まったこともあるんだと思う

 

で、それを踏まえた上で、少し大きくなったわたしには もう一声! できるようになってほしくて

なんで そんな「低レベルな」アクションをしたのか、考える とこまでできる余裕を持てるといいね

 

昔は、その理由について、低レベルなやつだから、とか低レベルな考え方・行動の仕方しかできない哀れなやつだから、としか考えていなかった、考えが及ばなかった

 

でも たまたま機嫌が悪かったのかな とか あるいはあえて怒っているのかな とか、なにか誤解があるのかな、とか

 

相手もわたしも悪くない場合があるかもしれない

 

幼稚園でおそわるようなフレーズだけど納得して自分の認知や思考に反映させるのはむずかしいね

 

っていう小学校で言い聞かせられるような構造だけど ここに囚われているのは事実な訳で

 

大人になりたいけど大人になりたくないな