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黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

161215

カウンセリングだん

 

自己肯定感を上げる というテーマを提示する形になった

 

母親とのエピソードを交えて自立とか依存とか、ACを匂わせてみたけどどうなんだろう

でもなんか、うん

自分で勝手に決意すればいい問題な気もする て思えてきた

 

これ 母さん 私に好かれたいやつじゃね?て思ったら、数々のコミュニケーションが納得いくかもしれない。

彼氏かよ?て思うことはあったし言ってたけど まあそれは 私が彼女かよ みたいな接し方をしてたことの裏返しでもあるかもなあ

そしてもはや 彼氏かよ より 私に好かれたい男かよ て考えると受け流すような対応もできる気がするし、文脈的にも不自然でない対応になる気がする

 

一旦 やってみよっかな

 

とりあえず 私と母は別の人間だし

私は私の価値観を持っていいし

親族として必要なことでなければ 事後報告でもいいのだ

と 私が決めたのだ

決めちゃったからごめんてへぺろ

 

とはいえ 金銭面で助けてもらったりしているから 礼儀は欠かさないようにする   それこそ 好かれたいんじゃね対応も、諦めてもらう方針のそれでなくて、尊敬する人と緩やかにコミュニケーションをとるためのそれにする

 

完全に意見が一致しなくてもいいんだ

別の人間なんだから

 

人生の先輩、社会人の先輩として頼るのはありだけど、ほかの先輩にも分散しないとだ

文章の添削とか、もう卒業したっしょ

ていうか、してしまったものとして ほかの師匠を探すなりネットで調べるなりしたらよいのだ

 

転職にしても、そう

私の人間性とか小さい頃のエピソードを教えてもらうことと、そこをどう解釈するか、解釈した結果なにを決めるのかは、私が考えることなのだ

 

こういうあたりを分離するのは、けっこう気をつけていないと難しいみたい

 

 

あと、私の性格で私が気に入らないところがあったら、私が自分で変えたらいいのだ

変えた結果それが素になればぜんぜんいいのだ

小学生くらいから自分の振る舞いを省みて考えを深めたり行動の制御をしたりしたのは、わるいことではなかったのだ

 

もちろん親やまわりの支えがあってこそ そういうことをする余裕?を持てたんだろう

そこに感謝するのは 本当に感謝するとして

でも 小学生でも中学生でも高校生でも大学生でも、自分が変えよう変わろうと思わないと変わらんもんね?

 

それでうまくいかないなあとか損したなあとか思ったら徐々に修正していえばいいもん 人生そういう繰り返しで終わっていく感じなんじゃないか、たぶん

 

少なくとも自分の興味が自分に向いているんだったら、それで人生けっこういいのでは

ふへ

人間として成長したかなって思ったらちょっと嬉しいし

そういう嬉しさと、それによって周りの人に影響を与えたり感謝されたりするときに嬉しいって思う性格感じゃないの、わたし

 

サークルでの経験とかサークルの先輩後輩との関わりとか 純粋に喜んでもらえてよかったなあ 頑張った甲斐があったなあ とか思うのが生きがいで、別によかったんじゃないのか

そんでもって そういうことを 会社 それ以外の組織 友達 家族 とかの間で出来れば幸せなんじゃないのか

 

まあしあわせのためにやるんじやないけど、と思いつつ エゴだし と思いつつ、そこはもはやwinwinと思っとけばいいんじゃね

 

 

 

 

お母さんはどういうキャラクター? て聞かれて言葉にしてみたり 自分で決断できたエピソードを振り返ったり あれはよかったなあ

 

わたしだって自信を持ったっていいんだよなあ