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黄緑日記

世間知らずな就活生の 頭の中 と その後

だんだん思い出してきた

全体は自然体で、狙いを定めたところだけ使う、力を入れるっていう方が、上手く動けるということ

 

少なくとも私は、自然体でいるためには、ぽけーっとしてるくらいの方が丁度いい。

焦らないで、背伸びしないで、かがまないで、のほほんとかまえている状態から、

これやる!

これなら役に立てる!

これなら勝てる!

これは他の人より得意そう!

ていうのを拾う。

 

賢い方法かは、正直、自信がないけど、やりたいようにやってみてから随時調整していくということで。

 

過剰に恥に捉われた選択・行動は、自分や周りにとっての不利益を生むことも多く、それは私の望むことではない。

長期的にみたら恥への耐性をつけた方がお得なのでは。

 

恥を恐れてリラックスできないことも多い。リラックスしている状態ならば、冷静な判断や選択肢の検討、選択方法の検討とかが上手くいきそう。

 

 

自分が何者か知りたい。

これは唐突な欲求ではなく。

 

自分を知るには他人と比較する必要があるというのは定説だと思うけれど、

上手に比較するためにはリラックスしている方がよく、

リラックスしているためには恥と上手く付き合っている状態が望ましく、

恥と上手く付き合うためには...?

 

やはりリラックスして、状況を判断できた方がいいし、

なにより、自分の内面を、他人との比較以外の尺度で知っていた方がよいと思う。

 

何がしたいと思っているのか、どうしてそう思うのか、それは本当に脳みそも心も身体も望んでいることなのか。

そこを見定める心がけをした上で、

合理的か?とか、社会的に妥当かどうか?

合理的でなくても突き進むのか?

突き進む or 突き進まないの選択に自分は納得しているのか?

確認するクセをつけたい。

 

冷静に「確認する」というチェック項目を思い出す、もしくは自然と「確認する」の過程を経る、いずれのルートでも、

基礎になるのはリラックスした状態

だ。

 

これ以上、恥とか選択とか納得感とかを深掘りしても、ひとまずはリラックスが最深部の気がする。

(付け加えるなら、身体の弛緩と脳や心の柔軟性はけっこうリンクしているという点。)